低温・超電導工業会便り No.2 (令和2年 1月30日) 低温・超電導工業会
***液体水素と水素ガスの利用と自動車、超電導送電に関するセミナー***
低温・超電導工業会では2019年度第2回企画として、水素社会における低温・超電導の役割は何かを考え、水素燃料の自動車、液体水素冷却超電導電力機器を主題としてこの方面の専門家に講演をお願いしました。我が国の水素政策と、水素の製造、超高圧水素とその安全のための高圧水素タンク水耐圧試験、液体水素、水素燃料自動車、高温超電導(HTS)送電について分かりやすくお話しいただきました。地球温暖化対策の先鋒である水素エネルギーがどのように我々に関わっているのか、若手や中堅技術者、営業担当者にとっても有意義な解りやすいご講演でした。(なお、HPへの転載にあたり、図は省略しました。)
開催日時:1月22日(水) 13:00-17:00 場所:東京駅近く貸し会議室
プログラム
大陽日酸株式会社 水素ステーションプロジェクト 課長 高野直行 氏
2.水素自動車と高圧水素ガスタンクの評価試験:
公益財団法人 水素エネルギー製品研究試験センター シニアマネージャー 讃井 宏 氏
3.電力水素協調エネルギーインフラと液体水素冷却超電導電力機器:
京都大学 教授 白井康之 氏
閉会挨拶 企画担当 伊藤 理事
経産省の水素に関する基本戦略
最初に上岡専務理事より挨拶とセミナーの導入講演があった。
平成29年12月26日、再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議は水素に関する基本計画を決定しました。地球温暖化への対策として水素エネルギーを主体として社会へ変えていこうとするもので、その内容は、次のようである。
・水素を日常の生活や産業活動で利活用する社会、すなわち“水素社会”の実現には、水素の調達・供給
コストの低減が不可欠である。
・水素コストの低減に向けた方策としては、海外の安価な未利用エネルギーとCCS(Carbon dioxide Capture and Storage 二酸化炭素回収・貯留)を組み合わせる、又は安価な再生可能エネルギーから水素を大量調達するアプローチが有望であり、これを基本とする。このため、水素の「製造、貯蔵・輸送、利用」まで一気通貫した国際的なサプライチェーンの構築を進める。
・具体的には、2030年頃に商用規模のサプライチェーンを構築し、年間30万t程度の水素を調達する
とともに、30円/Nm3程度の水素コストの実現を目指す。その際には、FCV(Fuel Cell Vehicle 燃料
電池自動車)を中心としたモビリティにおける水素需要の拡大に加え、水素を大量消費する水素発電を
導入することで、水素需要を飛躍的に増加させることが重要である。
・2030年以降は、供給面で国際水素サプライチェーンを拡大するとともに、利用面において産業分野等
での利用を進めることで、更なるコスト低減を図り、既存のエネルギーとのコスト差を縮小していく。
将来的に20円/Nm3程度まで水素コストを低減し、環境価値も含め、既存のエネルギーコストと同等
のコスト競争力を実現することを目指す。
基本戦略の説明の後、水素燃料トラックの製造の様子と水素燃料スタンドでの車への水素充填の映像が紹介され、比較的簡単な製造工程やガソリンと変わらない燃料補給状況が示された。
水素ガスと液体水素の製造、超高圧水素ガス
大陽日酸株式会社 水素ステーションプロジェクトの高野直行氏からは、水素ガスの製造プロセスと水素需要、水素ステーションについてご講演があった。
水素の製造法には右図のような原料水素をPSA(圧力変動吸着法)によって生成する方法と、食塩水を電気分解する方法が示された。また、水素の液化には、ヘリウム冷凍機によって液化する方法と水素ガス自体を圧縮・膨張によって液化する方法(水素・クロード法)がある。国内の水素需要の内訳は右図のようであるが、燃料としての需要はまだこれからである。
大陽日酸では、1999年、35MPa水素ステーションの開発を開始し、その後霞ヶ関水素ステーションが2002年に開設され、2005年「愛・地球博」に水素ステーション2箇所設置そして2006年70MPa水素ステーションの開発が開始された。
水素ステーションのフローを説明すると、原料水素を圧縮機で昇圧し、蓄圧ユニットへ蓄圧しておく。自動車への供給はディスペンサーで行うが、水素ガスは-35℃程度まで冷却した後に供給される。これは、自動車のタンクに高圧水素が供給されると、断熱圧縮により高温になるので、あらかじめ温度を下げて おく必要があるためである。水素ステーションは2020年までに160ヶ所、2025年までに320ヶ所の普及を目指している。但し、その建設コストの軽減が大きな課題となっている。高圧ガス保安法などの規制緩和が望まれる。右図は建設コストの内訳である。平均的な建設コストは4.6億円で有り、構成機器の価格を欧米と比べると2倍以上高価である。このため、設備費、運営費を含めたコストダウンの取り組みが行われている。
水素自動車の普及の初めは、FCバスとFCフォークリフトと言われている。バスでは近距離を走る路線バスへの普及が有利である。また、フォークリフトは、工場、倉庫などでの排気ガスがないこと、電気自動車に比べて水素充填時間が短いので、実働時間が増える利点があり、米国のWalmartではすでに6,600台を導入している。 東京都ではすでに2017年3月21日から路線バスとして営業運転が開始されている。2030年までには自家用車などの自動車を80万台、バスを1,200台、フォークリフトを10,000台程度の目標を立てている。四大都市とそれらを繋ぐ地域を中心に101ヶ所のステーションを整備するとしている。
高野氏は、その他分散型再生可能エネルギー実証プラットフォーム@AIST-FREAに付いてや、水素エネルギーの適用分野の拡大、大量水素キャリアサプライチェーンの検討、水素脆性に関する試験などについて幅広く丁寧にご講演された。
水素自動車と高圧水素ガスタンクの水耐圧試験
公益財団法人水素エネルギー製品研究試験センター 讃井 宏氏からは、燃料電池の原理、水素自動車と高圧水素ガスタンクの水圧試験とについてのご講演があった。
燃料電池自動車(FCV )のメリットは、走行中のCO ₂ 排出ゼロであること、高いエネルギー効率であって、エンジン車が20%以下に対しFCV車が30%以上の効率である。また燃料補給時間(充填時間) が、ガソリン/ディーゼル車と同等であることである。FCVの仕組みを右の2つの図に示した。水素タンクからの燃料を燃料電池に供給し、発電した電気でモータを回転させるものである。エンジンに比べてモータ出力のコントロールなどが電気的に非常に簡単にできるため、部品も少なく、構造も比較的 簡単である。トヨタのFCVミライは走行距離650km、水素充填時間は3分である。
FCVに搭載される自動車用高圧水素ガス容器の技術基準は以下のようになっている。
a)圧縮水素自動車燃料装置用容器の技術基準 JARI S 001 (2004)
最高充填圧力:35MPa、 破裂圧力: 2.25 倍、 圧力サイクル: 11,250 回
b) 70MPa圧縮水素自動車燃料装置用容器の技術基準 KHK S 0128 (2010)
最高充填圧力:70MPa、 破裂圧力:2.25倍、 圧力サイクル:11,250回、 5,500回(但し「低充填サ
イクル自動車」に限る)
c) Global Technical Regulation (UN gtr No.13) (2013)
Global technical regulation on hydrogen and fuel cell vehicles
NWP:70MPa 、 破裂圧力:2.25倍、 圧力サイクル:11,000回、5,500回(但し「低充填サイクル
自動車」に限る)
d)別添 11 国際圧縮水素自動車燃料装置用容器の技術基準の解釈
公称使用圧力:70MPa、破裂圧力:2.25 倍、圧力サイクル:11,000回、5,500回(但し「低充填サイ
クル自動車」に限る)
以下にUN gtr No.13の試験項目(水圧逐次試験)を示した。
温度等 圧力 その他条件
耐圧 25±5℃ 105MPaG 30秒保持
落下 室温 大気圧 1.8m 4方向
表面損傷 室温 大気圧 (前処理-40℃、12時間)
化学物質暴露 25±5℃ 87.5MPaG以上 48時間保持
常温サイクル 25±5℃ 2⇔87.5MPaG 6600サイクル
高温静圧保持 85℃以上 87.5MPaG以上 1000時間
低温サイクル -40℃以下 2⇔56MPaG 2200サイクル
高温サイクル 85℃以上、湿度95%以上 2⇔87.5MPaG 2200サイクル
残留水圧(耐圧) 25±5℃ 126MPaG 4分間保持
残留破壊強度(破裂) 25±5℃ 126MPaG以上
耐圧、落下、表面損傷、化学物質暴露などの前処理を行った後に、常温サイクル、高温静圧保持、低温サイクル、高温サイクルなどの負荷を掛ける。強度確認は、残留水圧(耐圧)、残留破壊強度(破壊)にて行う。
讃井 宏氏からは、この他にFCV普及への課題や水素エネルギー製品研究試験センターの役割や保有の製品評価装置などについても詳しくご講演いただいた。
電力水素協調エネルギーインフラと液体水素冷却超電導電力機器
京都大学大学院エネルギー科学研究科の白井康之先生からは、電力水素協調エネルギーインフラと液体水素冷却超電導電力機器と題してJST-ALCAProjectを中心にご講演いただいた。ALCAProjectは低炭素化(CO2削減)を目指したプロジェクトで、白井先生のプロジェクトは、「水素エネルギーと電力エネルギーを超伝導電力機器で融合した地球環境調和型エネルギーシステム」の構築を目指している。
図によって、水素を燃料として、液体水素で冷却された超電導発電機による発電の様子を説明された。液体水素のタンカーから陸揚げされた液体水素をこの発電所に供給すると共に、FCVへの水素として水素ステーションに供給するものである。この形態も先生のプロジェクトの最終形態である。
一方、電力・水素ハイブリッド送電の構想もあり、ロシアでは水素で60MW、電力で75MWのエネルギーを送る開発が行われている。10m x 3 sections(3相) で温度20~26K、圧力0.25~0.5MPaの液体水素を流量70~450 g/sで流している。電流はIop= 2.4~3.2 kA、電圧は25 kVである。
図によって、MgB2高温超電導体を使用した電力ケーブルが説明された。
白井先生のプロジェクトでは以下のような、液体水素冷却超電導機器の要素技術・開発の指針を設定し、プロジェクトを推進している。
1. 超電導応用のための液体水素熱流動特性、 2. 液体水素冷却超電導材料の特性評価、
3. MgB2大容量導体の開発、 4. 液体水素冷却超電導機器のためのマグネット技術、
5. 液体水素冷却超電導機器のための冷却システム技術、
6. 液体水素冷却超電導界磁コイル液体水素冷却回転子、 7. 回転機冷却技術の基本的指針、
8. 超電導応用のための水素のハンドリング技術・防爆・安全性技術の基本的指針、
9. 液体水素冷却超電導機器を核とした水素電力協調システムの具体化提案
研究開発で使用している装置の一部が説明された。
液体水素の熱伝達や、流動性、高温超電導体の特性などを測定する試験装置のフローと、液体水素冷却超伝導材料特性試験及び熱流動試験装置の写真と循環ループ系統図が示された。また、計測設備と励磁電源、リモート計測・監視・制御システムも示した。これらの装置で得られたデータの一部も紹介された。MgB2線材の液体水素中でのコイル臨界特性と短尺特性である。いずれも今までに無い液体水素中での実験データである。
白井先生のご講演では、液体水素中での各種の実験を行うに当たっての難しさや、危険回避の方法などを実際の装置・設備の設計と製作をご紹介いただきながら説明していただいた。非常に有益な内容であったと思います。
最後に、本セミナーでご講演いただきました各氏、および参加していただきました皆様方に、厚く御礼申し上げます。
低温・超電導工業会 専務理事(会長代行) 上岡泰晴